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東京高等裁判所 昭和53年(行コ)35号 判決 1979年4月17日

控訴人(原告) 小澤多カ枝 外三名

被控訴人(被告) 江戸川税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人が昭和五〇年二月一二日付で控訴人の昭和四九年五月一日付相続税に係る更正の請求に対してした更正をすべき理由がない旨の処分はこれを取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠関係は、当審においてそれぞれ次のとおり新たに主張したほかは、原判決事実摘示記載のとおりである。

一  控訴人

1  医療法上、出資持分の払戻しを禁止する明文の規定は存在しないが、もし仮りに医療法が払戻しを容認しているとするなら、これに伴なつて債権者保護の規定を設けるはずであり、その種の規定のないことから見ると、社員の退社による持分の払戻しは法律上許されていないと見るべきである。

2  医療法人は、医療法第五四条の規定により剰余金の配当を禁止されているため、資産が法人内部に蓄積され、その資産が年々増大していく可能性があり、その純資産価額は払込済出資額を上廻つている可能性が大であるとしても、それだけでは一般的に出資持分の譲渡価額を純資産価額を基礎とした価額に近似したものにすることが合理的であるとはいえない。

3  医療法人の出資持分に対する相続税法上の評価を純資産価額方式によることは、現実には社団たる医療法人を破綻に追いやるものである。社団たる医療法人は同族的なものが多く、大きな持分を有する創業者が死亡してその「出資持分」につき相続が開始した場合、相続人から右「出資持分」の払戻しの請求がなされると、法人は解散でもしない限り、右払い戻しに応ずることができず、本件の医療法人社団応仁会(以下「応仁会」という。)の場合も同様である。

医療法人制度の立法趣旨が医療事業の永続性を確保する点にもあつたこと、剰余金の配当を禁止して法人の施設の充実を図らせていること等に鑑みれば、法人そのものの解体を招来しかねない純資産価額方式による出資持分の評価は合理性を有しないと云うべきである。

二  被控訴人

医療法人社団応仁会が解散したのは、発足以来常勤医師として診療にあたつていた加藤守也、同哲志(いずれも本件控訴人)及び加藤哲志の妻で昭和四三年以来常勤医師として勤務していた加藤成子の三名の医師が昭和五〇年三月から五月にかけてそれぞれ個人病院開業のため退職し、医師欠員の補充がつかなかつたためである。

理由

一  原判決理由に示された原裁判所の判断は、当裁判所もこれと見解を同じくするものであるから、これをここに引用する。

二  当審における控訴人らの主張について判断する。

1  その1について

医療法が医療法人の社員の退社による出資持分の払戻しを禁止する規定を置いていない以上、同法は払戻しの可否を定款の定めるところに委ねたものと見るべきであつて、これが一般的に禁止されていると解すべき理由はない。控訴人らは医療法に債権者保護の規定がないから、医療法人の出資社員には退社に伴なう持分払戻請求権がないと解すべきであるというが、医療法人に対する債権者は該医療法人から不当に払戻しを受けた者に対しては民法上の債権者取消権あるいは債権者代位権等を行使してこれを追及することが可能であつて、医療法人の債権者に限つてそれ以上の保護を必要とする理由は見当らない。そうして成立に争いのない甲第三号証(応仁会の定款)第八条によれば、同会の出資社員が退社に伴う持分払戻し請求権を有することは明らかである。

2  その2について

医療法人において資産が年々蓄積されていく可能性の大きいことはいうまでもないが、経営の失敗等により純資産価額が出資の総額を下廻る可能性が絶無といえないことももちろんである。そのような場合において相続の対象となつた出資持分の評価としては、出資額によらず、純資産価額によるべきことには恐らく異論がないであろう。資産の減少を見たときは純資産価額によつてこれを評価し、資産の増加を見たときは出資額によつてこれを評価せよというのは矛盾であり、この点からしても相続の対象となつた出資持分の評価は純資産価額を基礎として行うのが正しいといわざるを得ない。なお、既に説示したように応仁会の出資社員は退会に伴う持分払戻し請求権を潜在的に有するものであり、かつ成立に争いない甲第三号証によれば応仁会定款第七条には「前条に決める場合の外やむを得ない理由のあるときは会員はその旨を理事長に届け出て退会することが出来る。」との規定があり、これによれば退会は届出によつて効力を生ずるのであるから、控訴人らは本件相続によつて、自らの好むときに右払戻しを請求しうるに至つたというべく(控訴人らが相続によつて先代の有した応仁会社員の地位を承継したと直ちに言いえないことはもちろんであるが、少くとも先代の有した財産的権利である右潜在的払戻し請求権、応仁会解散時における残余財産分配請求権を承継取得したことは明らかであり、そうである以上、右の如く解するほかはない。)、かかる権利内容を有する控訴人らの出資持分を評価するに当つていわゆる純資産価額方式によるのは蓋し当然の事理というほかはなく、持分の譲渡の場合を論ずるまでもない。

3  その3について

医療法人の出資社員が死亡し、その相続人が先代より承継取得した持分に対する相続税を支払うために医療法人に持分の払戻しを請求し、医療法人は払戻しを請求された持分の比重が大きいため払戻し原資に不足し解散のやむなきに至るということはありうることのように思われ、そのような事態は医療法の目的(医療法は特にその目的を明らかにする規定を置いていないが、国民一般に対し広く適正な医療の機会を与え、その健康の保持に資することを目的とすることは疑いを容れない。)に照らし、必ずしも望ましいといえないことはいうまでもないが、さりとて特定の医療法人の解散がつねに人々にとつて適正な医療を与えられる機会を奪うことになることを意味するとまでいうことはできないし、その一方税負担の適正公平ということはそれ自体極めて重要な要請であるから、仮りに応仁会が控訴人らの相続税納付の必要上、右のような経緯によつて解散のやむなきに至つたとしても、これをもつて相続税法上の本件持分に対する評価を出資額によつて行うべきことの理由とすることはできないというべきである。

三  以上の説示によつて明らかなように、控訴人らの本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却した原判決はすべて正当である。よつて本件控訴はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤覚 石川義夫 高木積夫)

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